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半断食療法 > 妻の発病から半断食治療へ


平成元年春、妻がしきりにお腹が張り痛いと訴えてきました。

隣町の総合病院へ連れて行き、 まず検査を受け10日程経って妻と二人で結果を聞きに病院へ行きました。

先生は子宮か卵巣の癌であろうと言っていましたが、はっきりしたことは摘出して臓器を検査してみないと言えないとのことでした。

これは妻には伏せて私にのみ話して下さいました。

そして即入院と指示され、病院側の手術のスケジュールを調べていただいたら、4月4日しか空いていませんでした。

4の数字のつく日は縁起をかついでみなさん敬遠するのだそうです。

するとまだ何も知らない妻は「4と4(シとシ)が重なってシアワセ(幸せ)なんていい日ネ!その日にお願いしましょ」と笑いながら簡単に言いました。

妻の痛みを早く解消させてあげたい思いと、先生が一日も早い処置が必要とのことでしたので迷わずこの日でお願いしました。

いよいよ手術当日がやって参りました。

妻は台車に乗せられ病室から手術室へ運ばれて行き、私とこの日に合わせて駆けつけてきた妻の母親は病室で待機していました。

手術が始まり3時間ほどしたころ私だけ看護婦さんに呼ばれ、案内されたのが妻の手術真っ最中の手術室でした。

妻の腹部が大きく開かれているまん前に誘導され、先生に説明を受けました。

先生は妻の開腹された中へ手を入れ臓器をつかみながら、「これが取ろうとしている部分だが、他の臓器に癒着していてうまくとれるかどうかわからない」と言われました。

私はこんな光景を生で、しかも妻の開腹の様子を目の当たりにしてかなりショックをうけました。

少しして看護婦さんに手術室の隣の控え室のような所に案内され、そこの椅子に呆然と座っておりました。

さらに3時間ほどのち看護婦さんが来てまた手術室に案内され、先生から説明がありました。

また妻の開腹の前に誘導され「やっと取れたよ」と言って取ったこぶし大の何やらグロテスクな臓器(卵巣と子宮)をアルミの皿にのせて目の前にさし出しました。

先生は、検査機関の結果が出るまでは断定できないが、これまでの経験から間違いなく癌ですと言われました。

あとは閉じるだけということでまずはほっとしました。

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しかしこのように手術中に親族を手術室へ呼んで開腹の様子を見せながら説明するということは普通のことなのでしょうか。

母が待機している病室へもどると、私がなかなか戻らなかったのでしかられました。
手術の開始から7時間ほど経っていました。

年老いた母親には最初の検査結果が出た以後、ショックを与えたくなかったので癌の可能性が高いということを伝えられずにおりました。

母は私だけが先生に説明を受けた内容をしきりに聞きたがり追求してきましたが、私は本当のことを言えずに辛い思いをしました。

このときは自分の気持ちがいっぱいの状態でしたので、母が実の娘に寄せる心配を推しはかる余裕をもてませんでした。

ややあって、母は私の気持ちを感じてか先ほどのように強くはぶつけてはこなくなりました。

待たせたあの長い時間を、今は亡き母がどんな思いで私が戻って来るのを待っていたのかを今思うととても辛くなります。

手術から1週間ほど経って摘出した臓器の検査結果が出ましたので、先生からそのことについて説明がありました。

結果はステージ3の子宮源発の卵巣癌、今後は抗がん剤での癌治療を施してもその後の余命は12ヶ月というお話でした。

このことは妻の弟にだけは連絡をとって通知しておきました。

その後はしばらく、妻のことを考えると立ち直れなくなりそうな日々が続きました。

しばらくは担当医の説明に従った今後の治療メニューに忠実にそっていきながら、今後癌患者を抱えていくことによる生活全般のことに想像をめぐらせては、一人で悶々と悩むことしかでき ませんでした。

このまま病院に置いておいてはただ死なせるだけという、出口の無い部屋に閉じ込められた思いでした。

そうしたなかで自分なりにがん治療についていろいろ調べた結果、丸山ワクチンによる治療を知りました。
丸山ワクチンに関する本を数冊穴の開くほど読み、高い治癒率を謳っているその内容にすがる思いで東京医科大学での説明会へ参加してみようと決め、日程を組み東京へ向かいました。

東京に着き妻の弟と落ち合い一緒に説明を聞きましたが、そこでの説明は私にとっては納得のいくものではありませんでした。

二人で説明会場を去りながらふと弟が調べていたという(故)加藤清氏発案の粉ミルク療法について初めて聞かされました。

最初は期待もできませんでしたが他に手がかりが無かったし、だめもとで説明だけでも受けにいこうと、当時池袋にあった治療室へ問い合わせ了解を得、タクシーで向かいました。

治療室を訪ね諸々の説明を受けながら、思いもよらず説得力のある内容と周りにいらっしゃる患者さんたちの雰囲気などで、直感的にここなら助かるかもしれないと思え、即こちらの治療の 受診 の申し込みをし、治療日程を決め治療室を退去しました。

妻の手術後患部の傷が安定したころ、今後化学療法を続けるという担当医と話し合い、反対されましたが医師と決裂することなく妻を退院させることができました。

粉ミルク断食治療受診までの10日間ほど自宅で過ごした後、池袋の治療室での生活が始まりました。

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