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人の力学 > 力を蓄えていくことば


言葉は人類の大きな財産です。

もともと言葉はコミュニケーションをとるのには便利なツールなのですが、言葉によってはしだいに力を発揮していくものが有ります。

言葉に力を持たせるのは人間で、その力を借りて自分の立場を有利なものにしようという使われ方もします。

時代の移り代わりによってその対象となる言葉も変化してきました。

ちなみに現代は「科学文明」があらゆるもののベースになっているせいか「科学的」という言葉がとても力を持っている一つと言えるでしょう。

実際、科学技術からの人類に対する恩恵は計り知れず、目に見え、使って便利で、生活に密着しているためにどんどん浸透していき圧倒的な価値を有し、不動の地位を獲得しています。

また「科学的である」は論理の展開にも向いておりますので、教育現場でも下支えとして組み込まれており、科学の分野と共に「科学」が付く言い回しが更に力を蓄えていくことでしょう。

そうした背景から「科学的に証明されている」とか「それは科学的ではない」のような評価は人を黙らせる力を益々発揮していくことになります。

人は、多くの人々が価値を認める文化を象徴する言葉に力を与えます。
そして一度力を保有した言葉はその力を発揮する使われ方の頻度を増していき、更に力を蓄えていき人やその時代をも牛耳るまでになっていきます。

といってもそれをするのは人間ですけど・・・。

仮に、力をもった言葉といえども「科学的である」ということがすべてに渡って説得力を持つわけではありませんが、社会は一度力をもった存在にに疑問をはさむことを躊躇する性質があります。

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どんな分野についてもいえることですが、人はあやかろうとして、または利用しようとして力のある存在のもとへ近づいていきます。


そういう空気感も手伝って「科学的である」は多くの場合それに対する反論を弱めるような力をも発揮しているのでしょう。


科学的な論理はとても効率の良いツールになり得ますが、新しいイメージや価値を表現するのには必ずしも万能ではありません。


伝えたい事柄がことばで表現できない場合、その思いに嘘が無く伝えたいという意思が強かったりすると、手振り身振りや図を画いたりしながら言葉を補佐し何とか伝えようとします。


しかし仮に伝わったとしても、そのなかに既得権が脅かされそうなにおいが感じられるような場面では「科学的ではない」を使って、価値ある可能性をも排除しようという動きに出たりします。

現実の世の中を動かしているのは、言葉の力を利用して既得権を守ってきている力が大半で、この理不尽な力に押しつぶされて葬られてきた良いアイディアは数知れないことでしょう。
人間社会は一筋縄ではいかないなかで、時代時代で言葉を育ててきているのですね。

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