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人の力学 > 無意識が引き出してくれるもの


私たちが自然に沿った生き方はどういう生き方なのでしょう。

彼の 老子 が言っております。


人間が素朴であった昔は、自然のままの生活で平和であったが、時代が下って人間の知恵が発達すると、人為的な掟が盛んに作られるようになる。

人間の知恵をはたらかせるとどうしても人間に都合の良い具合に解釈していき、必ず不合理が生じてしまうということなのでしょう。

知恵をはたらかせないでというと「無意識」に生きるというのも一つの在り方なのかもしれません。

しかし、計算ずくめで生きていくことに慣れてしまった大人にとって、無意識に生きるなどということは実生活には生かせないと思いますが、その価値は理解できるような気がします。

大人から見て無邪気に遊んでいる子供は可愛らしいだけではなく、どこか次元の違う所に存在していて、命そのもの のようにも見え、とても敵わないものを感じます。

まさに無意識がそのまま形になっているようで強く引かれます。

実は私達は子供だけではなく大人の方の動きのなかにもよく無意識の動きを見ております。

例えば歩いている人の姿は、足の運びや手の振り方、腰の動き、背筋の伸ばし方など、一 人ひとりみな違う動作で表情もまちまちです。

また膝の角度や重心のバランスのとりかたなど、いちいち考えながらの動作ではなく無意識の動作です。 とても個性的です。

目的の場所へ行こうと思うだけで全身がそのような動きをしてくれます。

歩く以外にも私たちが可能な動きは、そのように意思をもって思っただけで身体は目的を叶えるように動いてくれます。すばらしい完成度です。

身体の中で最も意識的に動かす部分は「顔」かもしれません。

一番魅力的に見える部分は無意識の動きのなかに多く潜んでいるのですが、何故か意識して顔をつくってしまいます。

一方何かに集中しているときは、顔の表情をつくる意識は消え無意識状態の顔になっていて、個性的で魅力的に感じる場合があります。

きっと無意識というものは、私達から何か良いものを引き出してくれる不思議な力を持った意識層なのでしょう。

人のある無意識な表情に美を感じ、それを私が使おうとするとそれはもう無意識ではなくなってしまい、本来の美から程遠いものになってしまいます。

無意識は空に浮かぶ虹のように追いかけると逃げていき、せいぜい下から鑑賞させて本当の美しさを学ばせるという神様の計らいなのでしょうか。


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