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小学6年頃まで父親はこわい存在でした。

子供ですから欲しいものがたくさん有り、その中で子供なりに優先順位を考え思い切って父親におねだりすると大体が却下されました。

私は男ばかりの4人兄弟の4番目で、上からお下がりがやってくるとみなくたびれた物ばかりでしたので、衣類などは継ぎを当てたものは当たり前でした。
ですからこれを着て学校へ行くのが恥ずかしくて毎日いやでした。

長男には簡単に買って上げる(ように見えました)のに私には何で買ってくれないのか解らなくて、えこひいきしているようにしか思えず父親はあまり好きではありませんでした。

欲しいものを買ってくれないわけを子供の私に解るように諭してもらったことは無く、だいたい頭ごなしでした。

考えてみれば当時はどこの家庭でもそんなもんだったようです。

いつも頭ごなしの却下ばかりなのでやり場の無い思いが募ったある日、父親が私のおねだりを却下する様子をじっと観察し始めました。

おねだりを却下する父親の本心はえこひいきのためだということを、顔の表情、特に目の色や声の感じの中から感じ取ろうとしていたように思います。

私は父親に理不尽な思いをさせられても逆らえませんでした。
正確には父親に甘えて泣きながらでも訴えることができない性格だったため、引っ込んでしまっていたのでした。

もちろん母親にも同じおねだりをしましたけれどやはり結局却下されましたが、今考えるとこれは父親の立場を尊重した結果だということが成長するにつれ理解できるようになりました。

子供時代は欲しいものを手に入れることは大きな喜びにつながる大事なイベントですので、真剣に親に向き合いました。

学校生活でも友達関係はありましたが、親へのおねだりが叶うことに比べたらそれほど重大なことには感じていませんでしたので、父親を観察し続け望みが叶うチャンスを常にうかがうことは大事なミッションでした。

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兄たちからのお下がりも上3人を通過して私にたどりつく頃は、物によってはさすがに使い物にならない状態のものもありましたので、これは大きなチャンス到来なわけです。

そのなかでも特に真剣に取り組んだのは忘れもしない小学校5年生の秋でした。
我が家はスキー一家で私はお下がりのスキー板を使わされていましたが、そのときだけはどうしてもお気に入りのスキー板を近所の運動具店で見つけてしまい、欲しくてたまりませんでした。

まずは父親の機嫌の良し悪しを見定めて、しかしいきなり父親には向かわず最初は母親へ根回し半分で要求を打診して、その反応から父親からのOKの可能性を予想して父親へおねだりするタイミングを見計らっていました。

そしてここぞというタイミングでこれまでのお下がりのスキー板の不具合を父親に説明して新しい板が欲しいことをねだりました。

今思出だしてもかなり計算高かったと苦笑します。

幸い父親もスキーには理解があったせいもありこのプロジェクトが成功しました。
本当に充実して嬉しかった思い出です。

この経緯を振り返ってみると、父親は私にとっては社会そのもので、自分の目的達成のために父親の上を渡り歩きました。

目的達成の成就いかんに関わらずこれを通して子供なりに社会の縮図を経験してきたんだなと懐かしく思います。
そして子供なりに真剣に父親へ向き合ってきたことを、父親が元気なときに大人の言葉で伝えてみたかったたことに今気が付いたことがとても悔やまれます。

父親と一緒にあのときの様子を笑いながら振り返り、父と私の真実を共有できたらどんなに有意義だっただろうと今更ながら思います。

もちろん兄に対する父親の気持ちが私達兄弟みんなに対する愛情と変わらないことは大人になった今は理解できますが、父の言葉で聞きたかった。

父親というのは家族のなかにただ存在するだけでも、子供達は父親の存在を中心にしばらくは生きるものなんだと今更ながら思います。

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