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私達の多くは自然の恩恵を当たり前のように享受し生活しております。

一方で科学が発達するに従い、自然からどんどん遠いところへ来てしまっている感じがしま す。

古代の人々は自然が現代よりももっと身近で恐れ敬い、生活の中心に据えられておりました。

してそれは神と一体のものとし てとらえられておりました。

現代に照らし合わせてみるとそれは科学であり哲学であったのでしょう。

そしてそのような時代は、現代科学が発達して以来(300余年)よりはるかに永い期間続いてきました。

圧倒的に永い期間人類が世代をつないでこれたのには、現代では想像もつかないくらい高いレベルのテクノロジーや哲学が支えてきてたからこそなのでしょう。

現代の科学の粋を駆使しても当時の優れた知恵や価値観を掘り起こすことが出来ない事柄がたくさん有ると思います。

現代科学は別の角度からみると一つの眼鏡です。

しかしすべてのものがありのまま見える道具ではなく、見たくないものや見せたくないものにフィルターをかける機能をももったものです。

ですから古代の知恵や価値観が現代人に見えないものが多いのはそのせいなのかもしれませ ん。


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現代科学のありかたに価値が認められていることの一つに、実証主義の考え方があります。

一つの実験結果に再現性が無い場合はたいてい認められません。

これは現代においては否定できるものではありません。

しかし再現性を重要視するということも一つのフィルターつきの眼鏡になっているように思います。

在る事象を再現するためには高度なテクノロジーが求められ、発現したと同じ環境を整える必要があります。

単純な自然現象などはその限りではありませんが、例えば医学上のできごとには私たちがまだ把握できていない生命の機能が対になって発現 しております。

また生理学上の現象にはメンタルな要素も大きく影響うけることが広く認められております。

このようなことを総合的に同じ環境のもと再現して実証しようとすること事態に、現段階では無理があると思います。

現代科学が完璧な状態でしたらまだしも、人的なミスも含めてどうやらバグがたくさんあるようですから、そのフィルターに取り上げてもら えなかったために価値あるものがたくさん抹消されてきたことと思います。 

現段階ではいたし方の無いことと思いますが、そうやって大事なものをたくさん捨ててきたのでしょうね。

もちろん古代といえども人間の利害というフィルターを通されたために歪められた結果、価値の無いものがまかり通っていたということも 多々あったことと思います。

わたしたちは良かれと思いながらたくさんのフィルターを創ってきて、そのせいでありのままを見ることができる機会をたくさん失ってきてたことでしょう。

その結果たくさんの価値あるものを見過ごしてしまっているわけです。

自然の現象や人間を眼鏡越しではなくありのままで観察できたら、私達の感性が広がり、その結果どんなに優れた宝を拾い上げることができ るのでしょうか。

眼鏡をはずすことは私達人類はもはや不可能なわけですが、その代わりフィルターで通過してしまったものが見える眼鏡をかけて宝探しに出かけてみたいものです。

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